vol.57 ブルトレ回顧録
「WE!」2009年4月号掲載
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先日、ニュースで寝台特急(ブルトレ)の『はやぶさ・富士』運行終了のニュースをやっていました。終着駅の東京駅には2000人もの人が集まり、別れを惜しんだとの事です。
実はオイラ、子供の頃に何度かこの『はやぶさ』に乗った事があります。あとは『さくら』にも何回か。
佐賀に母方の実家があったので、小学生のオイラは夏休みになると、ちょくちょくこのブルートレインに乗って遊びに行っていました。夕方、静岡駅で乗車した時には、向かい合わせの普通のシートだったはずの座席が、途中で係のおじさんがやってきてしばらくモゾモゾやると、いつのまにか3段ベッドが出来上がるのです。小学生のオイラは「超カッコイイ!クール!」と早速ベッドに駆け上がり、枕元の電灯のスイッチを、何度もカチャカチャやって親に怒られたりするのでした。
一度、10歳の時に佐賀(鳥栖駅)まで1人で行った事を覚えています。ベッドに横たわってからも興奮状態でまったく眠れず、何度も洗面所に行って紙コップで水をグビグビ飲んだり、深夜に到着した大阪駅の人気の無いホームに積まれた貨物を「思えば遠くにきたもんだ」的な気分でぼんやりながめていた事を思い出します。
この頃のオイラはこう考えていました。「自分が寝ている間にも、おじさんが仕事をしいて、自分を目的地まで連れて行ってくれるなんてすごい!」と。そして、一晩寝なくては到着しない目的地の遠さと、夜中でもシステマチックに働く大人達を目撃する事によって、鳥栖駅に降り立つ頃には「オレ、なんかちょっと大人になっちゃったかも」とか思ったりしたのでした。半ズボンのくせに。しかも水筒持って。
その後ブルトレは、オイラが小学校高学年くらいの時にプチブームで一瞬もてはやされます。仲間内の間では、カメラを持って駅に行き、ブルトレのヘッドマークの写真を撮影して集める事が流行しました。しかしそれもほんのわずかの間で廃れてしまいました。結局、毎回同じ列車が時刻表通りに来るので、簡単にコンプリートできてしまったからです。あのヘッドマークの写真はどこにいったのでしょう?今度探してみます。