vol.60 アメリカの青春
「WE!」2009年7月号掲載
記憶や思い出といったたぐいのモノは基本的には個人の財産です。赤の他人がそれを共有する事は不可能です。仮に自分が必死になって思い出の一部始終を誰かに事細かに説明したところで、おそらく相手には10%も伝わらないでしょう。ニュートラルな表情で「ふ〜ん、そう。で?」と言われるのがオチです。 「そんな思い出にまつわるブツとかあったりしてね?」と相も変わらず興味本位でヤフオクを散らかしていたら、ちゃんとありました。それは卒業アルバム。しかもなぜかアメリカの高校のヤツ。1958年製って事はおよそ50年前!古いよ!古すぎるよ!返そうとも思わねーよ! 「アメリカにも卒業アルバムってあんのか」というシンプルな驚きと共に表紙をめくってみると、そこには古き良き時代のアメリカの生徒さんたちの写真がズラリと並んでいます。皆ネクタイをビシッと締めてニコリと真面目そうに。 今の視点で見ると「きっとこれは全員で申し合わせてふざけてるに違いない」と思える程50‘sの髪型は大爆笑モノです。「前髪まっすぐ過ぎ!」とか、「プラスチックのカツラかぶってるでしょ?」と思う位セットしすぎていたり。 各写真の横には、その人物の名前やら在学中の功績(バスケ部のキャプテン、スペイン語大会で優勝等)なんかが記載されていて楽しいのですが、中にはほぼ白紙(名前のみ)のヤツもいたりして笑えます。そういうヤツはやはりどことなくバカっぽい顔をしていたり、目の輝きが他人より暗かったりと、人間の中身はやはり面構えににじみ出てしまうモノなんだと痛感させられます。人種を越えて。 そんな風に色々な事を想像して楽しめたこの卒業アルバムですが、いったいなぜこれが出品されたのかと考えると複雑です。出品されているという事は元の持ち主(卒業生)が何らかの理由で手放したという事。自分用のパーソナルな思い出を。なぜ? しかしそれが50年の時を経て、遠く離れた島国の東洋人の中年をゲラゲラ笑わせているのです。これが逆だったらどうなのか?今から50年後、スウェーデンのおっさんあたりがオイラの高校の卒業アルバムを眺めてゲラゲラ笑っている。自分に置き換えて想像してみるとなんだかすごく愉快な感覚です。悪くない思い出の一人歩きなんじゃないでしょうか。